2014年01月04日

ギャンブルが嫌いな訳

こんにちわ、kobaです。
朝仕事場に来たら所長から電話がかかってきて
「誰かに入口のチェーンを切られている!」
と言われ、慌ててチェックに行ったり応急処置でチェーンを繋いだりしてました。
あと2日まったりできると思ってたのに…応急処置後はまったりしてますが。

前回の年末ジャンボのコメントで書いた「ギャンブルが嫌いな訳」を書いてみようと思います。

小学生の頃の話。
うちの家はそこまで貧困ってほどではなかったのですが、それでも世間一般からみればお金がある方ではなかったため、市営のアパートに住んでいました。
今から考えれば合点がいきますが、当時アパートにいた近所の子供たちはお世辞にも器量よしといえるタイプではありませんでした。
ドラえもんに例えると周りがジャイアンとスネ夫だらけで自分がのび太的ポジションでしょうか。
しかし当時の自分はそこまで行動範囲も広い訳ではなく、自分のアパートの周りでその子供たちと遊んでいました。
当時ビー玉を使った遊びが流行っていて、自分たちもそのビー玉を使った遊び「ビーラン」をそのアパートの子供たちと遊んでいました。
ルールはこうです
・場所は公園(自分の家のすぐ前でした)
・1番から5番までの浅い穴を掘り、スタート地点にみんな立ってスタート
・順番に1番の穴を目指してビー玉を投げ入れる
・1番に入ったら、そのまま続けて2番に投げ入れることができる
・1、2、3、4…と順にビー玉を入れ、最後に5番目の穴に入れる
・5番目の穴に入れた人は「鬼」となり、まだ「鬼」になっていない人のビー玉に当てに行く事ができる
・当てられたビー玉はその鬼のものになる
・当てられた人はその場で失格になる

ビー玉は物理的に取られます。
つまり強い人がビー玉をどんどん増やしていき、負けた人はとられたビー玉を取り返すため、お店に新しいビー玉を買いにいくはめになります。

当時の自分は何をするにしても不器用でした。
今も不器用なのは変わりないですが、他人との差が今よりももっとあった気がします。
当然、ノーコンでした。
ビー玉は穴に入らず、他の子供たちは着実に穴を攻略していくのに、自分だけはいつまでも同じ穴を狙い続けていました。
そして、「鬼」がやってきて、自分のビー玉に当ててきます。
程なく当てられ、ビー玉を取られます。

そんなある日、親戚の叔父さんがやってきて、プレゼントをくれました。
贈答用のお菓子の缶にいっぱい詰め込まれたビー玉。
おそらく1,000個はゆうに超えてたんじゃないかと思います。

自分はそれを武器に、他の子供とたちとビーランを遊び続けました。
負けて取られても、まだこれだけある、まだこれだけあるから…と。
いくらやっても上手くはならず、着実にビー玉は減っていきました。
価値があるとされた白いビー玉「牛ラン」も惜しげもなく使いました。

気が付くと、缶の中のビー玉はなくなってました。

…何やってんだろう俺…

そんな気になったんだと思います。
それを機に、ビーランに参加するのをやめました。
しばらくは近所の子達が誘ってきた事もありましたが、ビー玉ないから、と言って断りました。
そのうち誘いは来なくなり、その子達とのつきあいもなくなっていきました。

ギャンブルと言うよりは競技ですが、物の無くなる怖さ、せつなさをこの遊びで学習したんだと思います。
勝つ喜びよりも負ける事の怖さが先行してしまう意識から、どうしてもお金を賭けることに慎重になってしまいます。
多分この遊びで勝って大量のビー玉を手に入れていたら、勝つ喜びを知ってしまい、ギャンブル大好きになっていたと思います。
お金ではなくビー玉だったから、またお金をかけずに大量のビー玉を手に入れられたからこそできた貴重な体験だったと今になって思います。
ちなみに今の実家もこの市営のアパートなのですが、当時の近所の家族はみんな引越してしまって、今はどこでどうしているのか分かりません。
きっと奥さんと子供に囲まれて楽しくやっているんだろう、と思うことにします。

にほんブログ村 その他生活ブログ 借金・借金苦へ
にほんブログ村
posted by koba at 13:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。